国産紅茶の生みの親
「多田元吉候」をご存じでしょうか
明治初期、中国を始めインドのダージリン、アッサムに
日本人として初めて行き,先進技術を持ち帰り
近代日本の紅茶、緑茶の生産基盤を築きました。
国産紅茶の育ての親
「村松二六さん」
その丸子で彼の残した業績を復活させ、
紅茶の製造の火付け役となった方
今回、その村松さんの指導で紅茶作りを体験しました
丸子ティーファクトリー

紅茶製造の流れ
収穫→萎凋(いちょう)→揉捻(じゅうねん)→発酵→乾燥
萎凋された茶葉
揉捻(じゅうねん)
葉をいっぱいに詰め込んで上部の蓋をする

昭和28年製 木製の揉捻機
途中でこぼれた葉を機械に入れる
葉は揉まれて
次第に形を変えていく リンゴのような甘い、爽やかな香りが充満

途中経過を確認する 村松二六さん
緑葉が残る~
揉捻終了~木箱に詰めて、次の発酵を待つ
発酵機(村松さんが特許取得)
湿度と温度の調整は熟練の技
乾燥
緑茶を造る機械を改良した乾燥機
遠赤外線(これも村松さんのこだわり)
乾燥機から出てきた紅茶
温かくて軽い手触り
いろいろな大きさが混雑

できあがった べにふうき
早速、試飲

明るい水色
村松夫人と茶畑を見学
こだわりの有機肥料を使用

そこは
イノシシを防ぐ金網に囲われていた・・・
有機の土壌には、微生物やミミズなどが多く
イノシシはそれを食べにくるという
囲いのないお隣の畑は化学肥料を使用するため
土壌は固く、雑草が茂っている
イノシシはそこをスルーして
村松畑にやってくる
べにほまれ
セカンドの新芽は赤い

多田元吉候の石碑
多田元吉候がインドから持ち帰った茶の実は
茶業試験場で生育され、全国に広まるも
紅茶生産は次第に衰退していく
多田候の茶畑が荒れていることに心を痛めた
村松さんは、紅茶作りを復活します
美味しい紅茶が飲めることに感謝!
9:30~16:00まで
半日をかけた紅茶作りは
先人の苦労に思いをはせる1日となりました。
丸子にて